「どうしてそんな嘘つくの?松子様に言わされてるの?松子様が私達の婚姻に反対されてるからなのね?」
女将はあくまで三津に仲を引き裂かれた事にしようとする。分かってはいたがその往生際の悪さに入江はうんざりした。
「女将,素直に認めなさったらいかが?どうしてそんな嘘を重ねるの?松子さんをそんなに悪者にしてまで。」
千賀の言葉に女将は俯いて唇を噛んで拳を強く握った。額頭紋消除
「違うわ……みんな騙されてるんです!千賀様も松子様に騙されてます!あの人は木戸様と言う夫がありながら色んな男に色目を使って誑かしてるんです!だって私は木戸様からその事で相談を受けてたんですもの!」
「あら,それは随分な事ねぇ。それは貴女が木戸様と親密な関係にあると言っているのかしら?」
「いえ!決してそんな意味ではっ!」
「でも妻のそんな不名誉な話は木戸様ご自身にとっても恥になるのだから,親密な間柄でないと口にはしないと思うのだけど?
貴女,自分の事は棚に上げて木戸様と不貞を犯してたのでは?」
それには周りの客達も“そうなんじゃない?”と言う目で女将を見るようになった。千賀の方が断然発言の影響力は大きい。
「違っ!違いますっ!私は本当にっ!不貞を犯してたのは松子様で……。」
「何だ,まだ御託を並べておるのか。」
ふらりと店に踏み込んで,呆れた奴だと女将を見下ろす元周に誰もが青ざめた顔で頭を下げた。
藩主の登場に女将は卒倒しそうになった。だがそれ以上に魂を飛ばしそうになったのは女将の両親だ。
「キヨ!キヨ!本当の事を話しなさいっ!私と父さんにも嘘をついちょったんやろ!?」
女将の母が呆然と立ち尽くす娘の両肩を掴んで激しく揺すった。
「本当の事?木戸様と私が何もないのは本当よ……相談を受けてたのも本当。松子様と不貞関係にあったのは入江様よ。
私は入江様を慕ってるのに……なのに人妻なんかに想いを寄せて……。それで幸せになれるわけないやないっ!
やから私と一緒の方が幸せやって教えたかったの!」
「本当にそうか?お前は昨日私の前で松子を貶めようとした事を認めた。咎められて当然だと。
松子への勝手な妬みからの行いだろ。」
元周は女将に顔を寄せて,この顔をよく見て思い出せと言った。藩主の顔などこんな間近でじろじろ見れたもんじゃない。だか少しの間その顔を眺めてどこで会ったか思い出して血の気が引いた。
「思い出したか。もう言い逃れは出来んぞ。ついた嘘を洗いざらい話せ。そして迷惑をかけた入江と松子に詫なさい。でなければ相応の仕打ちを受けると忠告した。」女将は項垂れてはいるが反省の色は見せなかった。ここに来ても自分は悪くないという姿勢を崩さない。
「松子様は最低よ……。伴侶がありながら他所に手を出すなんて,私から逃げた夫とやってる事が同じよ。
しかも手を出してる相手が以前私を救ってくれた恩人で,ずっと忘れられない人やった。許せる訳ないでしょう?
それに似てたのよ,私から夫を奪った女に雰囲気が。」
「おい,さっきから私と松子様が不貞関係にあるように話してるがその事実は一切ない。
でなければ木戸様からとっくに咎められて側から外されてる。
確かに松子様は好かれる,慕われる。私も慕う者の一人には違いない。
だが松子様は木戸様を裏切った事など一度たりともない。それはずっと側に仕えて見てきた私が知っている。
今後に及んでまだ藩主様の前で嘘を並べるか。」
ここまで追い詰められ,晒し者にされているのに泣き崩れる事もなく,非を認めて謝りもしない。それには元周と千賀は顔を見合わせた。それから元周はふぅと息を吐いて店の外に目を向けた。
坂本からの便りにはあの日何故西郷が下関に来られなかったかの理由が綴られていた。
あの日西郷が来なかったのは江戸に向かったからだった。
「二度目の長州征伐の命令が下ったのを取り下げるよう直談判する為に行き先を江戸に変更したそうだ。」
「そうか。って事は遅かれ早かれまた戦になるなぁ。桂さん武器が欲しい。」
阿弥陀寺の本堂に上がるまでの階段に腰掛けて話していた高杉は真っ直ぐ前を見たまんま隣りに腰掛ける桂に言った。
「……分かってる。」 額頭紋消除
「すまんな……いつも気が滅入る役回りばっかで。」
「それはお互い様だ。」
桂はふっと鼻で笑った。
「お前だって私がここに戻るまで大変だったろ。」
桂の言葉に今度は高杉がふんと鼻を鳴らして笑った。
「まぁな。都合良く泣きついてくるもんでな。とにかく外国との停戦交渉はどうしようかと思ったわ。けど俊輔が通訳で役に立った。あいつイギリスに行かせちょって良かったな。」
「あとはお前の作戦勝ちだろう。直垂に烏帽子で古事記を延々話したと?伊藤君も訳しながら気が狂いそうやったって言っちょったぞ。あと賠償金は幕府に請求……ふふっそれは良くやった。」
桂に褒められた高杉は得意げににっと歯を見せた。
「やのに長州征伐が迫っちょるの分かったら幕府にひれ伏す馬鹿な身内に命狙われて小倉まで逃げたわ。」
長州藩の内部もまた佐幕派と幕府と穏便でありたい保守派に分かれたままで,佐幕派が何か仕出かす前にと保守派が次々粛清していった。その上幕府の言いなりになり家老三人に腹も切らせた。
流石にそこまでやりたい放題やられて黙ってる高杉じゃない。身を隠してた小倉からすぐに長府に戻った。
「内乱起こすはいいがもう俺の味方はほぼおらんくて呼びかけて集まったんは俊輔と他に八十人ほど……。奇兵隊はもう総督罷免されとったし武人には無謀やって手も貸してもらえんかったしなぁ。」
頼りになる久坂も吉田も入江も居ない。そんな状況にも関わらず伊藤と力士隊その他の有志で功山寺にて挙兵した。
「それでよく勝てたな。」
「やろ?本当に上の連中は都合良く俺を呼び戻す癖に何かあるとすぐ殺そうとしやがって。
ちょうどそこで桂さん帰って来てくれたけぇ助かったわ。」
戻って来て早々高杉と伊藤の命を狙うのは止めろと叱咤させられるとは思わなかったと桂は苦笑した。
「桂さんも大変やったな……出石……。」
「もう思い出させないでくれないか……。」
そろそろ前を向かせてくれと深い溜息をついた。「んで,どうなん?三津さんは傍におってくれそうなん?幾松さんが味方してくれとるけぇちょっとは良くなるんやないか?」
「幾松が三津をそう言う風に認めてたのは今朝初めて知ったよ。
三津は……妻にはなってくれなくても多分近くには居てくれるんじゃないかなぁ……。心配症で世話焼きな所あるから。愛情じゃなくて同情の部類になると思うがそれでも居てくれるなら私は構わない。」
「九一はどうする気やろな。つげの櫛まで渡しといてどことなく桂さんとの仲取り持っちょるやろ?」
それには桂も感じているが解り兼ねると唸った。
「文ちゃん曰く九一は夫婦になる事にこだわっとらんらしい。それは三津も同じらしいから二人は今のままで一緒に居たいんじゃないかと思う。」
どう言うつもりなのか真意は二人にしか分からないが桂の中では二人は時間を止めたいのではと思ったりする。
二人の似ている所は心の弱い部分だと桂は思う。
入江は師の最期も同志の死も,受け容れて感情を上手く処理する事が出来ないでいた。
三津もまた同じだ。
入江の言葉と温もりに頭がぼーっとし始めた時,
がたんっと玄関先から音がして二人の体は咄嗟に離れた。
「ようやくお帰りですかね。」
何処で何してたか問い詰めてやりましょうか。なんて笑う入江と一緒に家の主を出迎えに行った。
「遅いじゃないですか。何処で誰と何してたんです?」 額頭紋消除
にやにや笑う入江の横にお帰りなさいと微笑む三津を確認して桂はふぅっと息を吐く。
「中岡君に会って話が弾んでしまった。玄瑞も一緒だったから聞けば分かるよ。
それよりまた晋作が馬鹿な事を言い出したね。」
三津に視線を寄越すと三津は何度も縦に頷いた。
「中岡さんこっちに居るんです?それは驚いた。
お忙しいのは分かりますがちゃんと三津さん守ってあげてくださいよ?では私はこれで。
三津さんおやすみなさい。」
「はい!ありがとうございました!おやすみなさい。」
ぺこりと頭を下げた三津に笑みを投げかけて入江は家を出た。
「こんな時に遅くなってすまない。」
何も出来なくて不甲斐ないと肩を落としながら家に上がった。
「いいえ。まさか高杉さんが子供産んでくれなんて言うと思いませんでしたから。」
明日になったら忘れてくれてるといいなと笑っていると桂の温もりに抱き締められた。
「私の子供は産んでくれる?」
三津の頬に自分の頬をすり寄せて耳元に吐息をかけた。
きっと顔を真っ赤に染め上げて慌てふためくに違いない。
その反応を期待する。「小五郎さん……。」
あなたの子供なら喜んで。とでも言ってくれるかな?そんな期待も抱いていたが,
「酔ってますね?いつもよりお酒の匂いがぷんぷんします。お水飲んでください!」
ぐっと胸を押し返されて膨れっ面とご対面。
「もっと言う事ない?」
愛する相手から子供が欲しいと言われてるんだよ?そんな思いも伝わらず,三津は水水!と台所へ行ってしまった。
「本当に私の男としての自信を削ぐのが上手いね……。」
こんなにも通用しないのは初めてだと居間に座り込んで項垂れた。
「まだまだ教え込みが足りないかな。」
水を飲みながらてきぱきと寝床を整える三津を眺めて呟いた。
「ん?何ですか?」
こっちの話と苦笑いではぐらかして敷かれた布団にごろんと転がった。
「おいで。」
細い手首を掴んで引っ張れば簡単に胸に飛び込んでくる。その体を抱き留める。
「ちょっと……。」
桂を押し倒すような体勢になってしまって三津の顔は真っ赤だった。
その顔を両手で挟んで唇を重ねた。
「んー!酔っちゃいそう!」
お酒の匂いに堪らず胸を押し返す。
「酔っちゃえばいい。この前の三津可愛かったから。」
両肩を掴まれた三津が瞬きしてる間に視界には天井と桂が映り込んだ。
「お酒は強い方でね。ちゃんと頭も働くし記憶だってある。しっかり剣を振るう自信もある。」
にんまりと笑った桂の重みを感じてようやく自分が下敷きになってると気付く。
「でも三津は記憶を失くすし寝てしまうから私以外の男と呑んじゃ駄目だよ。何されるか分からない。」
君に何かしていいのは私だけだからね。
瞬きを忘れて見上げてくる三津の赤らんだ頬を優しく撫でて言い聞かす。
「私は触れてもいいよね?」
柔らかな目元に見つめられて三津はこくこく頷いた。
「じゃあ遠慮なく。」
「えっ!?いや!今やなくっ……んー……。」
反論を聞く気はない。言わせない。
あとは何も言えなくなるまで自分に溺れさせるだけ。
『三津の方からもっと求めてくれるようになるにはどれくらい時間を要するだろうね?』
恥じらいながらも従順な三津が堪らなく愛おしい。それに貪欲さが備われば……。
次から次へと溢れ出る欲求に自分でも苦笑した。自分はここまで欲深い人間だっただろうか。桂自身でも不思議に思う。
『だから余計に手放したくないんだよ。』
間違いなく三津以上なんていない。
あの時は一喝したが高杉の三津を欲しがる理由はよく分かる。
『動かす糧……。そうだな糧だ。』
その台詞に三津は何で?と首を傾げた。
「答えを出すのを急ぐ必要はない。無理に正しい道を見出そうとするな。」
斎藤は静かにお茶を飲み干して三津に湯呑みを手渡した。
「美味かった。額頭紋消除 屯所でもこれからはお前に茶を頼むとしよう。」
ご馳走さまと腰を上げた。
『副長がお茶はこいつにばかり要求するのも理解出来る気がするな。』
厄介な宗太郎も居なくなった事だし,またひっそり見守ろうじゃないか。
そう思って身を翻した瞬間,どんっと背中に衝撃。
視線を落とせばお腹に纏わりつく細い腕。
「斎藤さんありがとう!めっちゃ好きっ!」
三津が勢い良く抱き付いて背中に頬擦りをしていた。
お腹に回された手にはぎゅっと力がこもる。
もやもやした気持ちが吹っ飛んだ。
斎藤がかけた言葉は誰かにかけて欲しくて待ち望んでた言葉だったんだ。
その嬉しさが爆発した。
斎藤は恥ずかしさが爆発。
「馬鹿っ!場所をわきまえろ!」
状況を理解した斎藤の顔は真っ赤になった。
好奇の目やら妬ましい目やら,ありとあらゆる視線が二人に集中する。
「離れんかっ!」
ぐるんと大きく体を振ると,
「おわっ!」
三津の体も大きく揺れて斎藤の目の前まで引っ張り出された。「振り払おうやなんて冷たいやないですか旦那様ぁ~…。」
「都合良く旦那と呼ぶな。誤解の生じる行動も慎め。」
「はい…。」
三津は渋々身を剥がして,もっと喜びを伝えたかったのにと口を尖らせた。
周りが自分達を見ながらヒソヒソと話すのを気にしながら,斎藤は頬を赤く染めて大きく息を吐いた。
「全く…。近所の者には後で事情を説明しておくように。」
「はい…でも……。」
「何だ。」
涼しげな顔をしながらも不機嫌そうな声で聞き返すと,
「会いに来てくれてありがとうございます。」
反省してるのかしてないのか。
三津はふにゃふにゃの笑顔で斎藤を見上げた。
「おぅ…。」
ありがとうと言われて悪い気はしない。
こんな緊張感の無い笑みを向けられたら尚更。
「難しく考えるんじゃないぞ。じゃあな。」
そう告げて立ち去ろうとしたが,
『このままじゃ俺の立場と言うものが…。』
三津の頭に手を翳して撫でようとする仕草を見せた。
当然撫でてもらえると思った三津は嬉しそうに目を細めたが,
「何を期待してるんだ?」
斎藤の手は三津の鼻をきゅっと摘んだ。
「ん!」
これで満足した斎藤はふっと口角を吊り上げた。
「もう!」
膨れっ面の三津の頭に今度こそ手を被せて子犬を扱うように撫でてやった。
「もう行くからな。」
そんな事言わずにさっさと立ち去ればいいものを,何度も“じゃあな”を繰り返した。
三津はぶんぶん大きく手を振って,それからぺろっと唇を舐めた。
「…さっ,お遣い済ませて遊びに行くで~!」
斎藤のおかげでだいぶ吹っ切れた。
彼の後ろ姿が見えなくなってから,三津はたすき掛けをした袖を更に捲り上げて意気込んだ。
頼まれた用事を片付けて,その足で宗太郎の元へ。
子供達の無邪気さに,どうしようもないほど救われた。
この時ばかりは何も考えなくて済むからずっとこうしていたいと思う。
「今度は総司連れて来いや。」
宗太郎の何気ない一言に三津はふと思う。
『沖田さんも子供と遊んで嫌な事忘れてるんかな。
…うん,きっとそうや。』
稽古を抜け出したり,土方をからかって,子供と遊んで,そう言う事で辛い事も悲しい事も忘れようとしてるんだと思った。
「せやね,辛いのは自分だけやないよね。」
にな。そろそろ逝くよ。あまり引っ張りすぎても飽きられるだけだから」
「うん。そうだね。つぎは、マジで死んでよ。二度あることは三度あるっていうし、二度つづけたら三度目もやらなきゃいけない。それって、ただの調子のりだからね」
なんと、俊春は俊冬にたいにいいはじめた。
「さすがにもうあと二回、さっきのをつづける元気はないかな?別れは充分惜しんだし、そろそろだ」
「だから、はやく逝ってって。額頭紋消除 ぼくが、ぼくがまだ泣きださないうちに。きみには安心、して、逝ってもらいたい、から……」
俊春の声が揺れはじめた。して『早く死ね』って 俊春の気持ちを推し量ることはできない。
その悲しみは、おれたち全員のそれを足してもまだ足りないだろうから。
「俊春、おまえは強い子だ。おれの願いをきき、かなえてくれる。おまえは、おれよりもずっとずっと強くてかしこい。ずっとずっと優秀だ。剣や格闘術や暗殺術、どれをとってもおまえの方がずっと上だ。射撃だって、そうだろう?それなのにいつだっておれに気をつかい、おれを立ててくれた」
を俊春に向けた。
俊冬を抱きかかえる俊春も、満身創痍である。それこそ、フツーの人なら死んでいてもおかしくない傷を幾つも負っている。
「ううん、きみの方がぼくよりすごいよ」
俊春は、それだけしかいえなかったらしい。
ぐっと唇をかみしめている。それこそ、唇から血が流れ落ちそうなほど。
島田も安富も蟻通も中島も尾関も尾形も野村も沢も久吉も市村も田村も、それから伊庭も泣かずに笑って見送ろうと努力はしている。
しかし、この場にいるだれがそんなこと出来るというのか?
そして、副長とおれも……。
お馬さんたちも悲し気にみている。
相棒が、俊冬の副長似のに鼻先をおしつけた。
俊冬は、もうそれを感じることもできないらしい。
「ごめんな、ハジメ君。すみません、副長」
ほとんどきこえなかったが、たしかにそうきこえた。
謝るのは、おれのほうだ。
おれのほうなんだよ、俊冬。
「俊春、護ってやれなくてごめんな。約束を破ってごめんな」
「きみは、ちゃんと約束を護ってくれたよ。子どものころ約束してくれてからずっと、きみはぼくを護ってくれた。きみがいなければ、ぼくは……」
俊春は、これ以上言葉をつづけることができなかった。
俊冬の副長激似の
俊冬は、みえていないであろうに、うれしそうな笑みが浮かんだ。
苦しみもつらさもなにもない、心からうれしそうな笑みが……。
最期の力をふりしぼるかのように、伸ばされた血まみれの掌。それが、俊春の頬をやさしくなでた。
「出会えてよかった。おまえと、ミスター・ソウマやハジメ君、副長やみんなと……」
俊春は、それを聴覚ではなく心できいている。
そして、俊冬は口の形だけで俊春になにかを伝えた。
俊春の頬をなでる血まみれの掌が力を失い、落下した。
「I love you more.」
その瞬間、俊春がつぶやきながら俊冬を力いっぱい抱きしめた。
俊春の隣にいるおれには、俊冬が力を振りしぼって俊春に口の形だけで伝えた最期の言葉がはっきりとわかった。
『I love you.』
かれは自分自身の本当の気持ちを、俊春に最期の最期に伝えたのである。
その一文は、愛を伝えるフレーズとして一般的である。
だが、おれにとってはどんな名優やロマンチックな男性がささやくよりも、ずっとずっと純粋で想いがこもっていたように感じられた。
俊冬が死んだ。
かけがえのない親友が死んでしまった。
みなが静かに涙を流す中、相棒が遠吠えをはじめた。すると、それに呼応し、どこにいるかもわからぬ蝦夷狼たちの遠吠えがきこえはじめた。
数えきれない遠吠えが、蝦夷の大地を、蝦夷の空を席巻する。
その悲哀に満ちた無数の遠吠えもまた、一生忘れることはないだろう。
俊春はだれよりもへこむはずなのに、だれよりも毅然としてしっかりしていた。
副長ですらぼーっとしている中、かれは俊冬の頸を斬り落としたのである。
現代に説がある通り、俊冬の、いや土方歳三の遺体は、五稜郭に運び込んだ。そこの土饅頭にほかの戦死者たちとともに埋葬した。
とりあえず、おれは弁天台場にいかなければならない。
そこで終戦をむかえるというよりかは、そうするよう箱館奉行の永井や新撰組の隊士たちに伝えにいくのである。
そして、副長の戦死のことも。
すでにその凶報は伝わっているかもしれない。だが、直接語りたい。
そのまえに、俊春が榎本らに会いにいくという。
副長のことは、島田や伊庭や野村、それから相棒に任せることにした。おれたちが弁天台場から戻ってきて合流するまで、隠れてもらうことにした。
とりあえず、史実通りの流れにそいたい。
おっと、おれが新撰組の局長になることも忘れてはならない。